2009年9月3日午前5時25分
たらは 旅立ちました。
あまりに突然のことで 今もまだ 悪夢を観ているようです。
うまく 伝えることが出来ないかもしれません、
長くなってしまうかもしれませんが
生前 たらを かわいがってくれた、応援してくれたみなさんに
たらの最期を伝えようと思いました。
訃報のメールを送ったきりで
励ましてくださったみなさんにも ショックのあまり
ロクに 返事も お礼もできず ご心配おかけしました。
この場を借りて お詫びしたいと思います。
そして がんばった たらの最期を ここに記したいと思います。
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9月2日の早朝 たらは 水浸しになっていました。
目がうつろで 呼びかけても わからない様子。
どうやら 水を飲もうとして 水の器に倒れこんだ様子...
そして 水を飲もうと器の前に座っているのに 飲めないようでした。
慌てて タオルで拭いて乾かし 脱水を 起こしているようなので
ポンプで 水を飲ませました。
前日まで とても元気で ご飯もたくさん食べ、ほんの数時間前に
様子を見たときも すやすや眠っていた たら。
突然の憔悴ぶりが 信じられませんでした。
(その日の写真です)
もしかして 発作...?
とにかく K獣医科へ 駆け込みました。
聴診器を当てた K先生は 心臓には 異常はないようだと...
そして 触診で 「腎臓が気になるなぁ」と。
とりあえず 血液検査。
先生の予想通り 驚くような 高い数値がでました。
とくに CREが 異常に高く 尿毒症を起こしているようだと!
たらは 去年の暮に手術をしたとき 腎臓には
なんの異常も ありませんでした。
でも それで かえって安心して 欲しがるものを
好きなだけ与えてきたことが わずか8カ月の間に
たらの腎臓を 悪化させてしまったのかもしれません。
もともと偏食だった子ですが 抜歯をしてから
拍車がかかって 最近では カリカリも 缶詰も
ほとんど食べなくなっていました。
刺身と煮魚が 主食でした。
飽きないように 毎朝 いろんな魚を煮てあげました。
もちろん 塩分には気をつけて ごく薄い出汁で煮つけて
いましたが それでも ねこにはNGだったのかもしれません。
ひどい脱水症状を 起こしている たら。
細かい検査は後にして とりあえず 皮下点。
でも 心筋症の子に 皮下点は 肺水腫や癲癇発作など、
命取りになることがあるので その辺を考慮して
ギリギリの量を点滴...
あとは 自力で水を飲んで 水分補給してくれるように
なることを祈りながら いったん帰宅しました。
この状態を脱するまでは 毎日 ギリギリの点滴で
繋ぐことになりました。
次の日、先生が用事で 午前中休診にするとゆうので
午後、早めに点滴してもらう約束をしました。
家に帰り ずっと付き添っていました。
点滴で 脱水は改善されてきたみたいで
つまんでも戻らなかった皮膚に ハリがでてきました。
でも 一向に自力で水を飲もうとせず
一時間おきに ポンプで水を飲ませました。
次の日の午前中は 先生がいないとゆうことで
不安になった私は 夕方 相談の電話を入れました。
そして午後7時頃に もう一度 K獣医科へ...
未だに自力で 水が飲めない たら。
まだ シッコも 出ていません。
先生と相談して もう少しだけ 点滴をすることに。
でも やはり恐いので 今度は 少量の利尿剤も
併用することになりました。
入院させるのは いやなので 「何かあったら
夜中に起こすね!」と 先生にゆって 帰宅しました。
家に帰っても 相変わらず ぼんやりして 水も飲めないたら。
利尿剤の効果か トイレに入ろうとして 途中で倒れ
それでも やっと シッコが出ました。
日付が変わっても うつろで 瞳孔も開きっぱなしの たら。
私は もう どこか 諦めていました。
腎臓が ひどく悪化して 尿毒症を起こした たら。
生命を 引き延ばす、とゆう意味では まだ 打つ手は
あるのかもしれない。
でも それは 苦しい時間を長引かせるだけなのかもしれない。
9年前に 心筋症で 血栓発作を起こしたとき
「余命半年」と宣告され その日が来るまで 好きなものを食べさせ
やりたいようにさせてやろう...
その日がきたら 長引かせずに 少しでも楽に 逝かせてやりたいと
何より願った 私でした。
あれから9年 あまりにも元気で 他の子とかわらず
暮らしてきた たら...
いつの間にか このまま ずっと元気でいてくれるのが
あたりまえだと 思ってしまっていたのですね。
深夜2時 もう殆ど動かない たら。
たらは 逝こうとしている...
9年前 K先生に 命を救われた たら。
でも 9年間とゆう奇跡ともいえる年月を 生きてきたのは
食道癌での闘病生活に疲れ 自ら生命を絶った父が
あるはずだった寿命を たらに残していったからだと思います。
半年の余命宣告をうけたとき あまりのショックで
立ち直れなかった私たち家族のために 9年かけて
数えきれない想い出を残してくれた。
9年かけて ゆっくり ゆっくり さよならをしてくれた。
こんなに突然 病に倒れて なんの覚悟もできていないけれど
この先 辛い闘病生活を強いるより このまま静かに
眠らせてあげようと 自分に必死で 言い聞かせました。
「病院に 連れて行こう!」と 泣きじゃくる母。
私自身 「あの時 病院に駆け込めば...!」と
後悔することも わかりきっていたけれど
静かに旅立とうとしているたらを 病院ではなく
この家で 逝かせてやりたかった。
本当に突然のことで 十分考えるじかんも 覚悟も
何もなかったけど 最期に たらを思って
血を吐くような思いでした決断でした。
たらは それから 殆ど動かず 5時過ぎに 苦しみだし
あっとゆう間に 息を引きとりました。
案の定 私は 毎日 気が狂うほど 後悔の念に駆られました。
今でも あの時 諦めなければ 今頃は もしかして...と
思わない、泣かない日は ありません。
今日は たらの最期の報告だけで 長くなってしまいましたが
この先 少しずつ たらの生きた軌跡を 綴っていこうと思います。
がんばった たらを 忘れないでやってくださったら
うれしいです。
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